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__感謝はしてる…と、思う。 __実際、結構世話になった。 __同じファミリーだし、情が無いわけじゃない。 咥え煙草のまま、イライラと廊下を進む獄寺は、珍しく逡巡の中にいた。 __でも たどり着いた目的地のドアを一睨みする。 __敵だ! 「てめぇ! シャマル!」 開けざま、放った野犬の怒声。 敵は、椅子に深く背を預けたまま、ゆっくりと振り返ると、短い溜息をついた。 「本当、やさぐれたな…隼人…。」 self medication control .1 六年前。 その部屋には、高い天井いっぱいにまで大きく切り取られた南向きの窓があった。 幾重にも重ねられたレースのカーテンは、呼吸に隆起する胸の様に、ゆっくりと膨らんでは、部屋の中に、やわらかい風を残して揺れる。 春の午後。 幼い獄寺は、天蓋付きベットの中にいた。 彼が、ベビーベットを離れてから、ずっとお世話になっている代物だ。 アンティーク家具のそれは、元を辿れば、メディチ家の誰それが使っていたとかいないとか。 出自はともかく、馬鹿でかい樫の一枚板や、魔よけの獅子の彫刻、金の蔓薔薇の装飾などを見ただけでも、このベットの足一本あれば、一般庶民なら一年間食いつなぐことが出来そうなことは確かだった。 「ん…。」 うっすら目を開くと、ぼんやりと見える白い模糊とした天蓋。 半分夢の中のままの彼には、まるで、雲の中のように思える。 空でも飛んでいるのだろうか? それにしては…体が重い…。 やがて、視界がはっきりしてくるにつれて、意識も通常レベルまで、押し上げられてきた。 __ぼく…なんで…? こんな昼日中から眠っていたんだろう? しかし、その思考は、結論に至る前に遮られた。 「よぉっ、起きたか。」 天蓋を跳ね除けるようにして現れた白衣の男。 男は、無遠慮に獄寺の顔に手を伸ばすと、右、左、と手際よく、下瞼を引き下げ、血色を確認。そのまま、手を首筋に移動させ、腕時計の秒針と見比べつつ、脈を取った。 「まだちょっと、顔色がよくねぇかな…。」 そう呟く男の男の名前を呼ぼうとして、獄寺は、ひどく咽喉が渇いていることに気が付いた。 __どくたーしゃまる。 声にならない。 自分を見上げながら、乾いた唇を震わせる獄寺を見て、シャマルは、 「あぁ、水持ってきてやるから。」 現れたときのように、天蓋を跳ね除け、出て行った。 トポポ…。 天蓋の外、さほど離れていない場所から聞こえる水音。 どうやら、近くに、看病器具一式がそろえられているらしい。 いつも、獄寺がベットから起き上がれるようになった頃には撤去されているので、見たことは無いのだが…。 __いつも…。 そこで獄寺の思考は、さっき遮られたところと繋がった。 __そうか、いつも通り…。お姉ちゃんのクッキーを食べて…、演奏会、したんだった…。 思い出した記憶は、獄寺を再び苛んだ。 体中から、音を立てるように血の気が引いていく。胃をはじめとする内臓がじわじわと締め付けられるように痛み、指先や足先などの末端は痺れ、肘、膝、首などの関節は硬直した。 気道が狭くなり、上手く呼吸が出来ない。咽喉が、ひゅっひゅっとおかしな音を立てる。 __苦しい…痛い…痛い…苦しい…。 思い出の数が一つ増える度に、体に再現される症状は、忠実になる。 角膜ですら、思い出を映しこみはじめた。 微笑む、姉、父、母。皆…。 『隼人のために作ったのよ…。今日も頑張ってね…。』 『隼人はお父さんの誇りだ。』 『隼人…。隼人…。』 「おい! おい隼人!」 体を揺さぶられ、獄寺は、はっ、と、現実世界に引き戻された。 自分を取り囲んでいた、家族やファミリーの幻影は消えうせ、目の前に現れたのは、シャマルの、いつになく険しい表情。 「いいか、まず、深呼吸だ。吸えるだけ吸って、吐けるだけ吐け!」 真剣な目に見つめられて、獄寺は、勢い推されるまま、深く深く息を吸い込んだ。 すぅぅーーーーーー… そして、吐く。 はぁぁーーーーーー… 最後の一絞りまで肺から押し出し、ちらり、とシャマルを上目遣いに見やると、 「もう一回。」 目に込めた力を緩めることなく、迫られる。 言葉もなくコクコクと頷いて、もう一度深呼吸。 「もう一回。」 そうして、何度か繰り返しているうちに、獄寺の意識は、深呼吸に集中して行き、思い出とは切り離されていった。 「よし。」 獄寺のそんな様子に、シャマルは満足げに頷くと、 「水、飲もうな。」 ベットの淵に腰掛け、獄寺の幼い体を、抱えるようにして起こしてやった。 シャマルの片腕に、すっぽりと収まった獄寺。 肩口で頭を支えられ、、二の腕で肩を支えられ、大きな手のひらは、水を飲みやすいように、髪をかきあげてくれていた。 「慌てんなよ。」 シャマルは、やっと出番を迎えた、ヴェネチアングラスを、獄寺の唇に押し当てると、注意深く、傾けていった。 獄寺が、飲みきれるであろう量の、半分程度を流し込んだところで、一旦、グラスを離す。 こくん… 獄寺の咽喉が、小さく上下するのを確認して、もう一度、グラスを近づける。 すると、獄寺の小さな両手が「今度は自分で飲む。」と、主張するように、グラスをつかんできた。 「…わかった。」 シャマルは、素直にグラスを明け渡すと、その、幼いながらも必死な姿を見守ることにした。 こくっ こくっ こくっ 軽快なリズムとともに、みるみる内に減っていく水。 体が求めるまま、獄寺は、咽喉へ潤いを流し込んでいった。 グラスの底が天を向き、一滴残らず消費しきったところで、大きな大きな嘆息。 「ぷっふぁぁあぁぁーーーーー!」 「こーら、慌てんなって、言っただろうがよっ。」 空のグラスを引き受けつつ、シャマルは、獄寺にいたずらを仕掛けた。 「言うこと聞かないヤツには、おひげじょりじょりの刑だぁぁーっっっ!」 「きょはははははっ!」 頬にこすり付けられる無精髭の、なんとも、なんともいえないくすぐったさに、獄寺は、身を捩って逃げようともがいた。が、所詮は、シャマルの腕の中。 足をばたつかせようが、腕で突っぱねようが、逃げられない。 「きょはっ! きょはっ! はひぃーーーっ…!」 一仕切り、笑いの臨界点を突破させられた辺りで、どうにかこうにか、解放された。 実の父親にすら、こんなことはされたことが無い。と、いうか、父親に無精髭が生えているのを見たためしが無い。 まだ笑いの余韻で、肩で息をする獄寺に、シャマルは「もう一杯、水持ってくるから」と声をかけて、また、天蓋を跳ね除けながら、出て行った。 広い背中は、いつも猫背で。 それは、結構、嫌いじゃない風景だった。 水を手に戻ってきたシャマルに、獄寺は、開口一番、おねだりをしてみた。 「ねぇ、どくたーしゃまる…。お話して…?」 シャマルは、あからさまに顔をしかめると、水を渡しつつ、言い訳モードに入った。 「お前なぁ、お話とかって、そりゃぁ医者の分野じゃねぇよ。そんなことより、せっかく、目ぇさめたんだから、メシを食え! メシを!」 すげない返事に、獄寺は、ぷーっと膨れると、手元の水に目をやりながら、不機嫌に呟いた。 「…いらないもん…。」 実際、お腹はすいていなかったし、食べる、と言う行為が、まだ少し恐いところもあった。 しかし、それより、食事を取るということは、メイドが来るということ。 獄寺は、あまり、メイドが好きではなかった。お仕着せを着た、沢山のメイド。彼女たちは、必ず、一線も二線も隔して獄寺に接した。当然といえば当然なのだが、幼い獄寺には、この上ない孤独を与えるものだった。沢山の中に、一人。 …そして、もう一つ…。 「あぁ…そっか…。」 獄寺の様子に、前者の理由は思い至ったのか、シャマルは、少しばつの悪い顔をしながら、後ろ頭を掻いた。 それを見て、獄寺は、もう一度、おねだりしてみた。 今度は、確信を持って。 「ねぇ、どくたーしゃまる! お話して!」 「…しっかたねぇなぁ…。」 困ったように笑いながら、ベットの淵に腰掛けるシャマル。 獄寺は、胸の奥がほこほこしてくるのを感じた。 そう、獄寺が、ご飯を食べたくない、もう一つの理由。 それは、メイドが来たら、シャマルが帰ってしまうから。 「そいじゃ、あと任せた。隼人、じゃぁな。」と、あっさり帰ってしまう姿が、目に浮かぶようだ。 でも今日は。 今日は、もう少しだけでも、一緒にいられるんだ…。 「あ〜…、何話すかね?」 「なんでも!」 「…。」 獄寺の、うきうきした返事に、僅か、思案に暮れた顔をした後、シャマルは、口を開いた。 「え〜とな、むかしむかし、あるところに、おじぃさんとおばぁさんがいました。おじぃさんは山へしば…。」 「あ! それ知ってる! ジャッポーネの昔話でしょ! 桃から子供が生まれるんだよね!」 名前が示すとおり、獄寺の血筋は、日本と密接だ。 去年、日本に渡る機会があり、滞在中に現地の親戚から、いくつかの昔話を聞かせてもらっていた。 「ちっ、知ってたか…。じゃぁなぁ、昔、ヴェロナの2大名家といえば、ともに富豪である、キャピュレット家とモンタギュー…。」 「ろみおとじゅりえっと!」 これは、得意分野だ。獄寺は、身の安全を図るため、学校へは通わせてもらえず、全ての教育は、家庭教師に一存されていた。その中の古典の教師は、シェークスピアがお好みらしく、例文で目にすることもしばしばで。 「早推しクイズかよ…。あぁ、もう、ぜってぇわかんねぇ話してやる! アザトースの魂魄はヨグ=ソトースの中に潜み、ヨグ=ソトースは星が帰還の時節を示すときに旧支配者を…。」 「くとぅるー神話だぁ! お父様の本棚にあったよぉ!」 前述の通り、あまり、外出の自由が無い獄寺にとって、歴代の蔵書の詰まった書庫は、ていのいい遊び場だった。興味の向くまま本を手に取り、生来の頭の良さゆえ、一度読んだものは、忘れない。 「…マニアックだな…。じゃぁ、なに話せって言うんだよ?」 そんな獄寺に、シャマルは早速万策尽きた。 あと、彼の頭の中に在るのは、若い頃読み漁った医学書と、女を口説き落とすための、恋の詩が少々。 どちらも、幼い獄寺の興味を引くものとは思えなかった。 しかし獄寺は、シャマルの眉根を寄せて悩む姿を見ても、なお 「なんでも!」 と、明るく声を弾ませるばかり。 そう、本当に何でも良かったのだ。 獄寺にとって、重要なのは、新しい知識を得ることではなく、ただただ、シャマルの声を聞いて、その意識が自分に向いているのだと感じること。 心を躍らせながら、シャマルの次の言葉を待つ。 そして、ついにシャマルは…。 「あぁもぉ! じゃぁ、いっそ、聞け! なんでもいいから! 答えてやるから!」 方向転換という策に打って出た。 「聞くの? ぼく?」 予想もしていなかった展開に、今度は、獄寺が頭をひねる番だった。 __なんだろう? どくたーしゃまるに聞きたいこと。聞きたいこと…。 シャマルに対して、普段から疑問に思っていることなんて、あっただろうか? 住んでいるのは、この屋敷。同じ食卓に付くことは無いが、食べているものは、おそらくそんなに変わらない。着ている物も、いつだって変わり映えしない白衣姿。あえて突っ込むならば、そのネクタイのセンスか…。 __あぁ、そうだ。 ふ、と浮かんだのは、しばしば遭遇するあの光景。 「えぇとね、どくたーしゃまるはね、何人、姉妹がいるの?」 「うぐっ!」 シャマルは、思ってもいなかった質問に、思わず答えに詰まった。 __つまんねぇ嘘つくんじゃなかった…。 でも、さすがに、本当のことを教えるわけにもいかない。 その辺りのギリギリの良識は、持ち合わせているつもりだった。 あぁ、いっそ、もう少し練りこんだ嘘でもついけば良かったか? 「た…くさん…。」 気まずそうに視線そそらすシャマル。 それでも、子供の純真な心は、疑うことを知らなかった。 「うん! そうだよねぇ! 本当、沢山だよね!」 「…。」 ちくちくと良心に痛みを感じながら、シャマルは次の質問を待った。 「んとねー、どくたーしゃまるはぁ…、女の子が大好きなの?」 「…また…そういう…。」 __誰だ、隼人に、こういうこと吹き込みやがったのは…。 誰かれなく、口にするゴシップなのは、十分知っているつもりだったが、それでも、その誰かさんを恨めしく思った。 「大好きなの?」 言いよどむシャマルの瞳を覗き込んで、もう一度問う。 もう、誤魔化しは、してはいけないような気がして、シャマルは、叫んだ。 「…好きだよ。だいっ好きさ! すっげー好きだぁ!」 いっそ清清しいまでの開き直り。 しかし、獄寺は、その真っ向勝負の回答に、表情を曇らせた。 「な、なんだぁ…?」 やっぱり、ちょっと、まずかったんだろうか? と、困惑と後悔の入り混じった表情で、今度は、シャマルが獄寺の顔を覗き込んだ。 「…じゃぁ、ぼくのこときらい? 男の子だから、いや?」 俯いた獄寺の口から出てきたのは、子供ならではの、直結思考。 「何言って…?」 シャマルがあきれたような声を出すと、獄寺は、きっ、と、向き直って、 軍隊よろしく、声を張り上げた。 「聞きます! どくたーしゃまる!」 「は、はい!」 思わず、出たのは、返事と敬礼。 「どくたーしゃまるは、ごくでらはやとが好きですか!?」 その真剣な瞳。グラスを握ったまま、小刻みに震える小さな手。くっ、と引き結ばれた唇。 睨むような挑むような、その顔は、本当に本当に本気の証拠だ。 「おまえってやつぁよぁ…。」 ふ、と、気が抜けたように、肩の力を抜き、息を吐くシャマル。 こみ上げてくる、暖かい気持ちを、どう表現したものか? 今、求められているのは、自分の、自分だけの愛情。 嬉しい。素直にそう思う。 最初は、こんな風になるなんて思いもしなかった…。 思えば、もともとは、ちょっと難儀な仕事かな、と思って引き受けたことだった。 破格の待遇と、プライベートの非合法も許された環境に、あっさり目が眩んで、獄寺のお抱え医師になったのは、一年ほど前。 ヒットマンとしての仕事にも、特に、不満や後悔は無かった。 女、酒、贅沢。不自由の無い、理想的な生活。 謳歌。そんな言葉がぴったりだと思った。 しかし、そこに降って来たのは「子守」の仕事。 大事な息子が、良く体調を持ち崩す。それを看病してやってくれないか、と。 子供は、好きではなかったが、ここでの生活と秤にかけたら、答えは明確だった。 なんで、メイドに任せないのか? いよいよ、その大事な息子の部屋にお呼びが掛かったとき、改めて聞いてみた。 病気を診ることは出来るが、看病となると、根気の無い自分には不向きだ。 その問いかけに、返ってきたのは、煙に巻くような…いや、煙幕もかくやというくらいの不明瞭な答えだった。 メイド達を信用していないわけではないのだが…。彼女たちにはよく言って聞かせているのだが…。 …煙の奥に見えたのは「親のエゴ」と言う名のタールの塊だった。 仕事、社交、と忙しいく飛び回る自分たち。家にいることはあっても、それは、家が社交場になる場合だけ。獄寺が、家庭とは離れてしまっている自分たちよりも、近くにいて優しく接してくれるメイド達に心を移してしまうことを危惧していたのだ。 __あぁ…、なんだ…。 合点がいった。 チャランポランな自分にだったら、獄寺は、そんなになつかないだろう。医師だから、任せても安心だ。一応、児童心理学も修めているから、獄寺がやさぐれることもないに違いない。 __まぁ、適役。 廊下を歩きながら、シャマルは軽く肩をすくめた。 獄寺の部屋に着くと、入れ違いに、女の子が出て行くところだった。 手には、きっと自分で焼いたんだろう、少しいびつなクッキーの載ったお皿。 シャマルに気づくと、女の子は、可愛らしくお辞儀をして見せた。 こんにちわ、Drシャマル。と、挨拶する声は、どこか元気が無い。 __この子は…確か…。 ビアンキ。獄寺家の宝玉。 十年もしたら、傾国の美女になるであろう、その美貌。 密度の濃いまつげが、瞳に物憂げな影を落としていた。 隼人、演奏会の後、いつも倒れるの。それでね、今日はまだ起きないの。きっと、コレ食べたら元気にいなると思って持ってきたの。演奏会の前は、いつも、ありがとうって、うれしいよって、食べてくれるから…。お皿を見つめ、呟く。 __へぇ、健気じゃないか。 じゃぁ、オレが渡しておくよ。と、お皿を引き受けたシャマルに、輝くような微笑みを向けて、お礼を言うと、ビアンキは廊下を小走りに駆けていった。きっと、習い事の合間を縫ってきたのだろう。 病弱な王子様は、なんだかんだで、愛されているのだ。 __あぁあ、裕福で、愛されてて、病弱で皆に構われてて…。 所詮お坊ちゃん。 そんな言葉が脳裏をよぎった。 扉を閉めて、ベッドに向かいながら、クッキーを一枚、ご相伴に預かる。 あんまり気乗りしない仕事に出向いてやったんだ。そのくらい、許されるだろう。 荒い咀嚼で、一息に飲み込んだ。 プレーンなバタークッキー。味は、まぁ、悪くない。金持ちだけに、素材にも金が掛かっているらしいことがわかる、贅沢なほどのミルクの香り。 __!!! しかし「効果」は覿面だった。 瞬時に、五臓六腑を貫く激痛。 手から滑り落ちた皿を中心にして、絨毯にクッキーの花火が出来上がる。 __これは!!!! 膝から感覚が消え、その場に崩れ落ちた。そして、そのまま、体を畳む様にしてうずくまる。 __アセボトキシン…。グラヤノトキシンIか…? でも、こんな即効性は…っ! 思考が纏まるよりもはやく、シャマルの体は、毒の中和を開始した。 生来の、ウィルス吸着体質が高じて、常人離れした毒への耐性も手に入れたシャマル。 今となっては、青酸カリ100gでも彼の息の根を止めることは出来ない。 症状が完全に治まるのを待たずに、はっ、と身を起こすと、肩で息をしながら、獄寺のベットへと急いだ。 __さっき、ビアンキちゃんはなんて言った!? 天蓋を跳ね除け、青ざめた眠れる王子の脈を取る。 __ダメだ! 弱い! 胸に直接耳を当てると、不規則な音。 不自然なほどに冷たい体温。 __解毒…強心剤が先か…!? たかだか子守だとたかをくくっていたことを激しく後悔した。 まさか、こんな事態が待っていようとは…。 大急ぎで、薬を取りにいかなければ。 駆け出そうと、軸足に力を入れたその時、シャマルの手に、弱弱しく触れてくる感触があった。 振り返ると、それは、獄寺の小さな小さな手。 シャマルの袖口をつかもうとしているらしい指先は、痺れて力が入らないのか、シャマルの手の甲を撫でるにとどまっていた。 大丈夫…。呼吸もするのもつらいはずの、獄寺の口から、必死に言葉が送り出されていた。 大丈夫…。姉さん…お父様…、悪くないの…。耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな声は、必死に家族の無実を訴えていた。 __なんてこった! シャマルは、眩暈を覚えるほど、胸が苦しくなった。 この子供は、姉を傷つけないために、毒入りクッキーを食べ続け、父の期待に応えるべく、全てを耐え続けているのだ。 __最悪だ! 最悪だ! 最悪だ! 何故、父は自分の一方的な愛を優先させ、何もかも見てみぬ振りをするのか。 何故、ビアンキは、あんなにも無邪気に、毒入りクッキーを食べさせるのか。 そんな疑問の中から生まれた確定事項は、ただ一つ。 病気なのは、隼人じゃない。…この…家だ…。 愛と言う名のエゴで、優しさから切り離され、愛と言う名の悪意の無い殺意で、常に命を危険にさらされ…。 シャマルは、獄寺の手を、ぐ、と握り返すと、 オレが、居るから! 言い置いて、走り出した。 あの時、必死に助けなければと思ったこの命。 こんな自分でも、守りたいと思った命。 その命が、今、必死に求めてくれている…。 今までは、お互い、多少の遠慮があったのだ。 獄寺は、幼いながらに、シャマルの立場を、良くわかっていたし、シャマルも、過干渉は獄寺のためにならないと思っていた。 だが、今、垣根は取り払われた。 シャマルは、獄寺の頭を引き寄せると、おでこ同士をくっつけて、一音一音はっきりと、告げた。 「好きだよ。」 …ぽた …ぽた 途端に、獄寺の目から、大粒の涙がこぼれ始めた。 「ぅあぁぁあぁ! しゃまるぅしゃまるっぅしゃまるぅ!」 獄寺は、グラスを放り投げて、シャマルに抱きついた。 投げられたグラスは、天蓋に沿って、ゆっくりと絨毯に着地。割れることなく、 ベットのすぐ脇に、小さな水溜りを作るにとどまった。 「ぅぐっ、ひくっ…、しゃまるぅぅぅ〜っっ!」 お酒の匂い。煙草の匂い。消毒液の匂い。プロフューモの匂い。 全てが、獄寺を受け入れてくれいるような気がした。 「おまえは、子供なんだからさ…、男とか女とか、分類外だっての…。」 抱き返してくれる、腕の力強さ。 子供…。 男女の区別以前の、それは準備段階。 まだ、未熟で、未発達で、許容量だってまだまだ小さい。でも、それが当たり前で…。 「子供」と言う免罪符を手に入れることが出来た子供は、ひたすら、泣き続けた。 思えば、彼が、身も世もなく泣きじゃくるのは、初めてのことだった。 あの地獄の激痛のさなかでも、涙を見せなかった獄寺。 シャマルの腕の中、という安堵は、今まで押さえつけていた涙を、まとめて流させてくれた…。 「父」の誇りであること。 「姉」を傷つけないこと。 「獄寺」を背負う、ということ。 「男」に生まれたということ。 「女」を守るように言われてきたこと。 全部が、この幼いからだの中ぎゅうぎゅうに詰まっていた。 全部を支えようと、必死だった。 でも、いいのだ。ココでは、子供でいられるのだ。 獄寺が泣き疲れて眠ってしまうまで、シャマルが腕の力を緩めることは無かった。 眠った獄寺を、ベットに寝かせ、涙で腫れた瞼に手を置いてやる。 __可愛想に、だいぶ熱い。 そして、反対の手をポケットに突っ込むと、携帯電話を取り出し、今日のデートはキャンセルだと言うメールを、三件ほど送った。 戻って、現代。 かつての安らぎの地を、敵として睨む獄寺がいた。 「答えろ! シャマル!」 「…オレの解ることならね。」 獄寺の剣幕を、ひょぃ、と肩をすくめて受け流すシャマル。 そのおどけた調子に、ますます腹が立った獄寺は、づかづかとシャマルに詰め寄ると、身を屈めて、椅子に座ったままのシャマルを、鼻がぶつからんばかりの距離で睨み付けた。 「てめぇ…十代目に、何しやがった!!」 「…ツナちゃん「に」てか、ツナちゃん「と」って感じなんだけどなぁ…。」 「ふざっけんな! まじめに答えろ!」 激昂する獄寺に、シャマルは、表情を変えることなく、2、3秒、無言の間を作った。 たかだかその程度の間にも、耐え切れない獄寺が、再び、口を開こうとしたとき。 ぐぃ! その後頭部と腰を、思い切り引き寄せられた。 「なにすっ…!」 がっちりとシャマルの腕の中に捕まった獄寺が、抗議の声を上げようとした矢先。 ふいーーっ 耳元に生暖かい息が、吹きかけられた。 「ぃっ…!」 えもいわれぬ悪寒に、びくり、と身を硬直させた、その耳に吹き込まれた、問いかけの答え。 「セックス。」 to next ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ と、いうわけで続きます。 一応、もう、八割がた出来てはいるんですが…。 果たしていつアップになるやら。 気長に待っててください。 待つのが面倒だなって思ったら、読んだ事を忘れてください(ヲイ) なんか、前編だけだと、シャマ獄ぽいですね。 と、言うか、更にこの前に、つまり、獄ツナやシャマツナのエロ話がちゃんとあって初めて 成立する話なのでは!? …その辺は…皆様の脳内にお任せします(コラ) いやしかし、ツナの出てこないツナ受話(笑) あ、そうそう、薬の名前とか、治療とか、勿論いい加減なんでつっこまないでいただけると…。 |