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__それで 「明日」 は来なかった。
世界と自分を隔てる天蓋の中で、ぼくは「明日」が来るのを待っていた。
でも、来なかった。
それがどういうことなのか考えた。
あぁ、簡単だ。
__見限られたんだ。
途端に、頭の中は、それで埋め尽くされた。
見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。
見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。
見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。
見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。
見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。
見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。見限られた。
ぼくが我が儘言ったから。悪い子だったから。
「明日」は来なくなったのだ。
ぼくは「明日」に捨てられた…。
途端に天蓋は、「殻」になった。
硬い、硬い殻になった。
それは、ぼくを守ってくれるように思えた。
もう、外に出たいなんて、思えなかった。
明日が来ないなら、今とは一体何なのか?
子供が眩しい存在なのは、明日を担っているからだ。
明日が来ないなら。
明日が来ないなら。
自分が存在する必要なんて…。ないんじゃなかろうか…。
どろどろに溶けてしまいたかった。
卵の白身みたいな存在が、理想。
黄身はいらない。だって、雛になるから。
成長するものは、うつろうものは、何も欲しくなかった。
次第に「殻」の中は、賑わって行った。
点滴
人工呼吸器
看護士
心電図のリズムにのって、軽やかな歌が聞こえた。
ピ…ピ…ピ… もう…
ピ…ピ…ピ… 長くは…
ピ…ピ…ピ… もう…
ピ…ピ…ピ… 長くは…
ピ…ピ…ピ… もう…
ピ…ピ…ピ… 長くは…
ピ…ピ…ピ… もう…
ピ…ピ…ピ… 長くは…
ピ…ピ…ピ… もう…
ピ…ピ…ピ… 長くは…
ピ…ピ…ピ… もう…
ピ…ピ…ピ… 長くは…
ピ…ピ…ピ… ただ延命するだけならいくらでもできるけれども。
あぁ、そうか、そうなのか、なんてことだ…。
終わらないのか。
明日も来なければ、終わることもないのか。
終わらないのなら…。終わりを…見つけなければ…いけないのなら…。
殻を破ったとき。
オレは生まれ変わっていた。
悪童、スモーキン・ボムのカタチが、ただ、そこに居た。
self medication control 3
「オレだって…!」
肩を震わせながら、獄寺が吼える。
「オレだって、譲ってほしいなんておもっちゃいえねぇよ! 譲られなきゃこれ以上愛せないなんてこと、あるわけねぇだろぉが! その程度の気持ちじゃねぇんだよ! バカにしてんなよ! …こど…も、扱いとか、すんじゃねぇよ!!!」
吐き出して、自分の眦が熱いことに気づいた。
はっとして、きつく唇をかんで耐える。
なんだ、自分は何を期待した?
本当は、子供扱いしてほしかったのか?
あぁ、隼人愛しているよ、ツナちゃんと幸せになるんだよ。と、やさしく見守って欲しかったのか?
そんなこと、あるわけがない!
「あぁ…そうだな…」
シャマルが、うつむいたまま、自嘲の息をこぼした。
「こども…じゃ、ないんだな…。」
ぼろ…
不意に、獄寺の目から、大粒の塩水が一滴、落ちた。
「隼人?」
床に跳ね散ったそれを見て、シャマルは、腰を浮かせた。
「っるせぇ! こっちくんなよ! おまえ、敵なんだからな!」
なんだこれなんだこれなんだこれと繰り返しながら、制服の袖で必死にぬぐう。
シャマルは、抱きしめたい衝動を、内臓の底で押しつぶし、再び、椅子に納まった。
__そうだ…もう…「明日」は…取り戻すことは…できないんだ…。
ならば…
一転。尊大に構える。
椅子に浅く腰掛けなおし、背もたれに深く身を預け、大仰に足を組んだ。
「なぁ、隼人。」
呼びかけに、獄寺は、白目が9割の睨視で答えた。
「ツナちゃんの中に『愛情ランキング』があると思うか?」
「あぁ?」
反射的に、威嚇音が出てしまう。
愛情ランキング?
「ふざっけんな。十代目は、すばらしい博愛の持ち主だ。」
「あっはは! 博愛ね! ははは! おまえ、うまいこと言うね。誰とでもセックスして、誰にでも愛してるって言って、誰にでも中出しせがむ淫乱も、そういうと、なんだか素敵に思えるよ!」
「てめぇ!!!!」
激昂とともに振り上げられたこぶしは、しかし、シャマルのどこをも捉えることはできず、簡単に片手で受け止められてしまった。
しかし、それでも、なお、力をゆるめず、ギリギリと押し込みながら、獄寺は続けた。
「てめぇだって、十代目の愛の恩恵をうけてるだろぉが! どのツラさげて、そんな冒涜を!!!」
「そう…愛することは、簡単に許してくれるんだよ…。受け止めてくれるし、応えて返してくれる…。でも、なぁ隼人…。誰が…イチバンだと思うよ?」
__さぁ、隼人。誘導問答の開始だ。
取り戻す事が出来ないのなら…。だって、進むしか、ないだろう?
「そ…そんなの…、そんなの…ねぇ…よ!」
「それこそあるわけねぇだろうが。ツナちゃんだって人間だぜ? より好き、より嫌い、なんて思ってて当然だ。それともなにか? おまえ、ツナちゃんの、そういう人間っ気は丸々否定か?」
「バカ言うな! 愛してる! 十代目のどんなところだって愛してる!」
「そうだな…でも、おまえ、イチバンになれる自信は…ないんだろ?」
「それ…は…」
「だから、博愛だの、イチバンはねぇだの言ったんだよな?」
「違う! 十代目は、本当に博愛のお方だ! 優劣なんて…!」
「じゃぁ、質問を変えようか?」
「?」
「おまえは…ツナちゃんのイチバンになりたくねーの?」
「!」
「オレはなりてーよ! なりてーし、なれる自信もある。努力もしてる。」
「なっ…!」
「おまえだって、なりたいんだろ?イチバン。でも自信がないから、オレに、『清算しろ』だの言ってきたんだ。」
「それは…! 十代目がおまえとセックスしてるの、絶対十代目のためにならないと思ったからだ!」
「なんで? オレとのセックス、ツナちゃんは、すげー気に入ってくれてるよ? 一日中、いつでも、だれかれとヤってるわりには、自分からオレにまたがってくんだよ。こう…オレの勃起ち○ぽにケツこすりつけて『早く犯して…』ってなぁ。」
「うるさいうるさいうるさい!」
「あぁ…そうか…、オレとのセックスにおぼれて、ダメになっちゃわないか不安なのか?」
「十代目は、おぼれないし、ダメにならない!」
「…ダメにならない…か」
「…なんだよ…」
「理由はどうあれ…絶対、疑う余地も無く、一生一瞬たりとも’ダメにならない’人間がいると思うか?」
「十代目は、ならない!」
「ならない?」
「ならない!」
__かかった。
’大人’の誘導問答は、見事に成功をおさめた。
「お前が『十代目』と呼ぶ沢田綱吉、ツナちゃんは…」
一度言葉を切って、繋げる。
「本当に『十代目』になると思うか?」
ひゅっ。
獄寺の咽喉が、音を立てて息を呑むのがわかった。
考えもしなかった。
考える事を否定していた。
彼の中では、輝ける未来が確定していた。
ボスとして、イタリアを、世界を小指の先に載せて、万民に君臨する十代目。
彼を支える右腕の自分。
支えるというのは、つまり、毎日一緒に居て、一身に愛情を受けるという事だ。
愛し、愛され、世界中がソレを祝福する。
輝かしい未来。未来。未来。
確定された幸せ。
一滴の水の染み出す隙の無い…。
くずれることなんて、ない。
幸せが訪れないなんて、ない。
愛されないかもしれないなんて…ない。
ない、ない、ない、ない、ない…。ない・・・はずだ。
「もしかしたら、ならないかもしれない。もともと、無理やり背負い込まされたものだし、投げ出したくなるのも、おかしいことじゃない。」
シャマルは、芝居がかって、大きく手を広げながら、続けた。
「ある日、愛しい彼は言う。『もう、なにもかもが嫌になったんだよ』」
広げた手を、そのまま、銃の形にして、獄寺に突きつける。
「…どうする?」
「どう…する?」
突きつけられた指先と問いに、思考がまとまらない。答える事が出来ない。口の中で反芻するのが限界だった。
シャマルは、突きつけた銃のカタチの引き金を引くことなく、ゆっくりと下ろしながら、自分の問いに自分の答えを口にした。
「オレだったら…一緒に逃げる。手に手をとって愛の逃避行。」
「なんだ…それ…」
「なんだかなー、そんな意外そうな顔される方が意外なんだけどなー」
見下すシャマルのいやらしい笑みにも、激昂する事が出来ない。
ただ…胃の上に、どすっ、と落ちてくる。
「特別に、ちょっとだけ、手の内みせてやるよ。大サービスだ」
シャマルは、無造作に机の引き出しをあけると、バラバラと、数種類のパスポートと、一つのカプセルを取り出して見せた。
「偽造パスポートたくさん。オレとツナちゃんの分。イツでもドコでも他人になりすまして高飛びできるし『逃げたい』なんて言われた日にゃぁ、こっちのもんで…」
無駄に恭しくカプセルをつまんでキスをする。
「アンジェラなモスキートちゃんで…ツナちゃんを、’女’にして、速攻、孕ませる」
「は…はらま…?」
「そう…そしたら、もう…絶対に…ツナちゃんはオレから逃げられない…」
シャマルの目が、すぅっと眇められ底暗く光る。
__孕ませるとか…。
もちろん、それだって考えた事は無い。だって、十代目は男だ。
何もかも、驚愕する事ばかりだ。
でも…でも・・・確かに…孕ませるのは…有効な手段だ…。
獄寺は、耳まで一気に血が上るのを感じた。
おなかのこの父親を無視できるわけが無い。
愛情の優先順位は、明らかに上位で揺らがない。
そして…なんと…家庭、を、持つことが出来るのだ。
自分の得る事の出来なかったたぐいの愛情を、受け、そそぐことのできる…世界。
なんて…なんてなんて甘美な…! 眩暈。初めて’崇拝’を胸に刻んだときと似た甘さ。
「なんで…しねぇんだよ?」
「ん?」
「出来るんだったら、なんでさっさと女にして、孕ませてソトに攫っちまわないんだよ!? オレだったら…」
「オレだったら? やっちゃう?」
揶揄されて、口を引き結んで、顎を引いた。
「そんなことしたら…、ツナちゃんに嫌われちゃうじゃないの。そりゃぁ、おじさん、さすがに悲しいわ。それに…ツナちゃんの選択した未来を…先ずは、尊重したい。」
「選択…」
かみ締めた言葉の苦さに、獄寺は先ほどとは逆の意味で眩暈を覚えた。
「そう、このままボスになる’かもしれない’。何もかも捨てて逃げる’かもしれない’。」
かもしれない。かもしれない。
獄寺の中の’確定’は、カタチを糢糊と淡くしはじめた。
あぁ、まるで天蓋。幼いころ…見つめ続けた天蓋。
「’かもしれない’は、これだけじゃない。ボスになっても、自分を近くにおいてくれないかもしれない。いざ逃げるときでも、自分を選んでくれないかもしれない。最悪…自分を…嫌いになるかもしれない…。」
畳み掛けられる…『彼の人』の『選択』の『可能性』
__オレ以外の人間が、オレ以上の愛をそそがれるだなんて!
ぞっとするほどの嫉妬の黒い粘液が、瞬時に獄寺を支配した。
「もし…ボスになって、近くにおいてくれても…、ツナちゃんは、いずれ誰かと結婚しなきゃいけない。ボンゴレの血を伝えなきゃいけない。お前は、それ、耐えられるか?」
甘美な理想が、誰か別の人間のものになるのを、ほほえましく見守る…。
__…出来ない!!!
皮膚から炎が出て、産毛を焼きつくすような感覚。
そんなこと…できる人間が・・・いるわけがない! 許せない! 許せない! 許せない!
耳の奥で警鐘のように鳴り響く、負の感情。
警鐘に混じって、優しい優しい…大人の声が聞こえた。
「でもね…。ツナちゃんが選んだ未来なら…オレは…受け入れようと思う。そんで…その中で…自分の立ち位置を探すよ…。どんな状況でも、彼にとって…絶対必要な…人間になる。」
はっと顔を上げた獄寺に、シャマルは…
とてもとても…キレイに微笑んだ。
「オレの言うところの、イチバンになるって…まぁ、そういうことかなぁ…。」
動けない。
理論をすべて破棄したところで、獄寺は、瞬時に終着した。
勝てない。
壁に見える。
壁が見える。
堅牢な境目が見える。
勝てない。
勝てない。
勝てない!
植物のように、硬く、浅く呼吸する獄寺に、シャマルは、低く、低く、穏やかな声をたたきつけた。
「泣けよ。」
「負けを認めろ。」
「そんでも…曲げんな。」
「お前は…」
引き返せない恋情を知っている。
「『大人』で」
一人で考える事が出来る。
「『男』だろ。」
だらっ…
今日、一番の量の涙が、獄寺の頬に、白線を引いた。
あふれ続ける涙は、緩急をつけて、でも、途切れることなく、襟を、胸元を、床を叩く。
「…っ」
そのまま。
獄寺は、保健室を飛び出した。
突然。静寂を取り戻した保健室の中で、シャマルは、天井を仰いだ。
少し…嬉しかった…。
彼は…獄寺は…自分に「ワガママ」を…言ってきたのだ。
『清算しろ』
他の多くのツナと肉体関係を持つ誰よりも、最初に自分に言ってきたのは…。
99%は恨みに思ってはいても、1%は、甘えてくれていたからなんだろう…。
「あー…畜生…」
去っていった背中は、思ったよりも大きくなっていた。
あの日別れたときのように、誰かに促されるのではなく、自分の足で走っていった。
銀の髪は、ただか細く肩先をたゆたうものではなく、夕日をうつして燃える意思を反映していた。
「オレも…歳とるわけだよなぁ…」
もっと・・・甘やかして…へつらう様に関係の修復をすればよかったのだろうか…。
本当は、そうしたかった。
ベタベタと…世話を焼いて…また『好きだよ! 大好きだよ!』と、ダンデリオンのように笑って欲しかった。
でも彼は…
大人に…
そう…
大人にならなければならなくて大人になりたがっていて大人に…
「あぁぁ、も。…ダメだ…」
あの、懐かしい、自分を呼ぶ声に、声変わりした彼の声を重ねる事は、決して出来ない。
液体の皮膜で、世界がゆがんで見えた。
「…愛してるよ…。」
愛しい…彼に…彼に…
ゴォッ… ゴォッ…
廊下を蹴る音よりも、耳元で引き裂かれる空気の音のほうが大きく聞こえた。
あいつは大人で。
ちゃんと、未来に選択肢を考えていて、心の余裕もあって、自分より数段上の覚悟が有る。
…勝てない。
今の自分では、勝てない。自分はまだまだ、あらゆる面で甘い。
悔しい! 悔しい! 悔しい! 悔しい!
獄寺は、せめて嗚咽は上げまいと、必死に唇をかみ締めながら、校舎を駆け抜けた。
「あれ? 獄寺くん?」
すれ違いざまかけられた声に振り返ると、そこには、彼、獄寺の讃える神がいた。
「どうしたの!? 泣いてるの!?」
不意に。
膝から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
差し出されたハンカチを素通りして、その膝に体当たりのように縋り付くと、自分の中に改めて打ち立てた制約をまくし立てた。
「愛しています!! おそばを離れません!! 裏切りません!! 勅命に背いて命を落とす事はありません!! ずっとかっこよくあります!! お金をたくさん稼ぎます!! もっと勉強します!! 料理も出来るようになります!! セックスも巧くなります!! 愛しています!! 愛しています!! 愛しています!! 愛しています!!」
困惑する神は、しかし、優しく獄寺の頭を撫でてくれた。
かつて…。
自分に「子供」を許してくれた「大人」に。
今はまだ、絶対に勝てない「大人」に、認められたこと。
「男」だと言われたことが、
実は、誇らしく感じてしまっている自分がいる。
それが何より、絶対、悔しい。
end
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…おわりましたー。
…全然…すっきりしませんね…
おかしいなぁ…おかしいなぁ…。
もっと、こう、ちがうんだよ…、あぁぁぁぁぁ…。
とてもつじつまの合わないはなしになってしまいました…。
ある日突然、全部かきなおされているかもしれません…。
ともあれ! ここまでお付き合いいただきまして、本当に有難うございました!
たいへんたいへんお疲れ様でした!
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