「…綺麗だね…。」
「顔はな。」
「血色も…悪くないよね。」
「失血死だったのにな。」
棺を覗き込む二人の声が、教会の中に、遠く、反響を残した。
葬儀は、明日行われる。
享年十八歳。
獄寺隼人は、死んだ。
I heard his heartbeats song
「死化粧もして無いのになぁ。」
豪奢な彫刻の施された、厚い樫の棺の淵に腰掛けて、ツナは肩越しに獄寺の顔を見つめていた。
「最近の葬儀屋は、皮膚の下に、赤い液体流しこむんだってさ。それで大分、印象が変わるらしいよ。」
その傍らに立つ山本。視線は同じように棺の中だ。
「頬も…なんか、前より健康的だよね。」
「あぁ、なんかな、ソレは、死んだ直後に、看護士さんが気ぃ使って綿詰めてくれるんだってさ、硬直が始まる前に。じいちゃんが死んだとき、ばあちゃんが言ってたよ。」
「ふぅん…」
大して興味なさげに頷いて、ツナは、獄寺の頬に手を伸ばした。
「わ、すご…。」
指先が触れた感触は、見た目からは想像もつかない冷たさ。
それもそのはず、棺を埋め尽くすカサブランカの造花の下は、一面、ドライアイスだ。
春を目前に控えたこの季節、遺体の遜色を遅らせるのは、容易ではない。
「…一週間も掛かったしね…。」
こんなにきちんと、綺麗なのはウソみたいだ。
そう言って、ツナは、自嘲のような、皮肉な微笑みを浮かべた。
獄寺が死んだのは、日本だった。
本国イタリアまで輸送し、この棺に収まるまでに、かかった時間はなんと170時間。
それには、多少なり、理由があった。
当初、遺体は火葬にして骨だけを持ってくるという方向で、話が纏まりかけていた。が、やはり、きちんと家族やファミリーにお別れをさせてあげたいとのツナの一言で、イタリアから獄寺家の専用機を呼び寄せ、輸送することになったのだ。
これが、正に、誘蛾灯になってしまった。
ただでさえ、その一挙手一投足を百万の目で監視されているビッグファミリー、ボンゴレ。
これだけ大きく動けば、注目を集めないわけが無い。
そして、その注目は、八割以上が悪意だ。
__ボンゴレの幹部が死んだ。
__ボスの警備が手薄になった。
__ボンゴレの領地統制が乱れるかもしれない。
これらは、すべて等記号で、敵ファミリーがボンゴレ制圧に乗り出す事と結び付けられる。
つまり、十代目ボスボンゴレを殺すなら、今、だと。
正規のルートでの入国は、困難になった。
仕方なく、東南アジア方面、更に南のインド諸島の小さな島を転々とし、最終的には、ほとんど地球を縦に一周するような形での、長旅になってしまった。
そうして、やっとの思い出辿り着いたイタリア、獄寺の城。
出迎えに来てくれた獄寺の父は、しかし、苦渋の表情だった。
__十代目、あなたはお優しすぎます。
解っていたつもりだった。自分がどれだけバカなことをしたのか。どれだけイタリアを乱すことになってしまったのか。彼が諸手を上げて喜べる立場ではないことも…。
それでも、
「もうちょっと、喜んでくれると思ったんだけどな。」
ツナは、獄寺の頬に置いた指を、ゆっくりとすべらせると、その唇をなぞった。
ぬるり…。
不意に、唇の上で指が滑った。
どうしたのかと指を持ち上げると、そこに付着していたのは、透明の液体。
__グロス? まさか口紅じゃあるまいし…。
鼻に近づけて臭いを確認する。
工業用の油の臭い。
__ワックス…。
ツナは、また、あの自嘲めいた皮肉な微笑みが浮かぶのを止められなかった。
「本当、死体なんだね。生きて無いんだ…。」
「今更信じられないとか、言う?」
言いながら山本は、小さく肩をすくめた。
「そうじゃぁ…、ないんだけど…。」
言葉が続かない。
そのまま、視線を獄寺に戻し、また、仔細を見つめ始める。
「ツナ…。」
その襟元から覗くうなじの頼りなさ。
山本は自然と、ツナの髪を梳くように、撫でてやっていた。
「何? 山本…、くすぐったいよ。」
振り返って困ったように笑うツナ。
「なぁ、ツナ…。」
山本は、ツナの両頬を掌で包み込むと、唇が触れるか触れないかの位置まで顔を近づけ、その瞳を覗き込んだ。
「泣かないの?」
ツナの顔から微笑が消え、緊張が走った。
…そう、ツナは、獄寺が死んでから、一度も泣いていなかった…。
獄寺の心臓の音が消えると同時に、彼の涙は、風に撒かれたかのように消え去ってしまっていたのだ。
「泣けないなら、泣かせてあげても、いいよ。」
その言葉がなにを意味するのか、解らないほど、ツナは情事に疎くない。
勿論、山本の言葉が、情欲ではなく、純粋に愛情から生まれているものだと言うことも、解った。
「オレのことさ、『獄寺くん』って、呼んでいいからさ。」
「山本は…優しいね…。」
しかし、ツナは山本の手から、するり、と身をかわすと、棺の淵から祭壇の下まで身軽に降り立った。
「いいんだよ。大丈夫。泣くって、今、多分、必要ないんだ。」
山本を振り返り、言うツナの声は明るい。
真意を測りかねて、山本が、眉根を寄せるとツナは、慌てて、両手を振った。
「ち、違うからね! 悲しくないとか言うワケじゃないんだよっ!」
どうにも、考えを巧く纏められない。
ツナは、右上に視線を漂わせながら、こめかみに人差し指を充てた。
「そりゃ、獄寺くんが死んだときは、こう…半身をもがれるって言葉の意味が、良くわかったよ。今でも、空虚でたまらない。特に右側とか…。でもね、半身がなくなった分、なんて言うか、凝縮されたっていうか…。」
ここまで話して、ツナは、またも考慮中モードに入ってしまった。
察しのいい山本ですら、それらの言葉の行く末を見極められずに、ただ、次の言葉を待って、見つめるしかできない。
やがて、一つの答えに辿り着いたらしい、ツナの口から出てきた言葉は…。
「クリアー。」
それを受けて、山本が最初に連想したのは、いつもツナの部屋で一緒に遊んだPS2のこと。
「…ゲームオーバーって…意味か?」
しかし、それは真っ向から否定された。
「ち、違うよ! そういう意味じゃなくてねっ、えと、…透明になったってこと。視界がね、すっごくすっきりした感じ。」
「…そんだけ、獄寺がウザかったのか…? 清々したって?」
山本が、やや怒りを含んだ目で、ツナに問い正してくる。
ツナは「違うよ! それも違う!」と、必死にかぶりを横に振った。
「ウザいとか、そりゃ、出会った初めの方は、ちょろっとは思ったけど、オレ、ちゃんと、獄寺くんのこと、愛してるよ! 山本だって、知ってるよね?」
「…まぁな。」
その思いの深さに、自分がどれだけ苦い思いで、幾度も譲ってきたか…。
それこそ、嫌と言うほど、身に染みている。
それでも、ツナの言葉の意図が汲めない。
「…ごめん、山本。オレ、もっと言葉勉強しなきゃな…。山本には、いろんなこと、ちゃんと伝えたいもん…。」
落ち込むツナに、山本は胸中の複雑な思いを抑え、優しく先を促してやった。
「うん、いいよ。ツナ。オレもちゃんと聞く。お前のことちゃんと知りたい。」
山本の言葉に、ツナは、ほ、と胸から息を吐くと、
「ありがとう、山本。」
柔らかく、微笑んだ。
そして、「クリアー」と言う結論に至った経緯をゆっくりと、話し始めた。
「獄寺くんが死んだ瞬間ね、オレのなかに「やらなきゃいけないこと」が、すっごい勢いで組みあがっていくのがわかったんだ。」
ツナは、目の前に、指で大きく四角を描くしぐさをし、
「先ず、イタリアの地図が、こう、頭の中に、す、と出てきて…。」
それを区切るように掌を動かした。
「勢力図別に分かれて…。」
区切った場所を一つ一つ指差しながら、
「それぞれのファミリーのボス、幹部、歴史、主な事業…、そんなものがリストになって浮かんできた。」
ここまでのニュアンス、わかってもらえただろうか? と、ツナが山本をちら、と見ると、山本は、大丈夫、続けて、と頷いて見せた。
「そして、相関図。どこのファミリーは、どこの傘下なのか、とか。目下イタリアで起きている抗争は、どことどこで、なにが火種になっているのか、とか。自分は、どこの味方をするべきなのか、とか。」
ツナは、そこで一旦言葉を区切り、ちょっときまずそうに続けた。
「誰を暗殺しなきゃいけないか…、とか。」
ツナの気持ちを察してか、山本の反応は「ん。」と、小さくうなるにとどまった。
「それでね…」
それで…。ツナはそう、含むようにもう一度つぶやきながら、一度天を仰いだ。
ややあって、、照れたように、懐かしむように微笑むと、今度は少し俯いて
「これって、ぜーんぶ、獄寺くんが言ってたことなんだよね。」
それは、まるで甘い吐息。
思わず暖かい気持ちが溢れ出た。…そんな声だった。
__十代目! 十代目! オレ、一日も早く、ボンゴレの未来想像図を語り合いたいと思いまして、地図、作ってきたんです!
__…何枚あるの…コレ…。
__こっちが、普通の地図です。解りやすいように主要地域だけを書き出してみました! 慣れた頃に、普通の地図を持ってきますね! で、こっちが、現在の勢力図です! 割とすぐ変わるんで、ちゃんとその都度、最新情報を持ってきますね! それからこっちが、未来の理想勢力図です!
__あれ? ボンゴレ一色じゃぁないんだ…。
__あ! あ! ご興味を持っていただけましたか! そうです! オレが考える理想図というのはですね…。
__…。
五年間…。
毎日繰り返されてきた会話。
獄寺が、あんまり嬉しそうに、あんまり生き生きと話すものだから、なんだか止めるのも気が引けて、結局いつも、最後まで付き合っていた。
話半分に聞いていたつもりだったのに、今よみがえる記憶は、驚くほど鮮やかだ。
そして、その鮮やかさの中に見えた、自分の弱さ。
「それで…、オレ…、ぜーんぶ…逃げてたんだ…。」
__十代目、今回の暗殺は、誰に任せましょう?
___・・・誰かが死んだりするのは…、オレ、嫌だな…。
__より多くの人間を生かすための、これは手段です。十代目。
__…任す…。
__はい、ご一任くださるということですね! 確実に、ご期待に沿って見せます! それから、先日新たにアンコーナの西側…、あ、これ、この辺りです。が、完全にボンゴレの支配下になったわけですが、誰に管理を任せるかが、ちょっと難しくてですね。今回、先頭切って活躍してくれたのは…。
__…任す…。
__はい! 不肖、獄寺隼人、十代目の信頼を裏切るようなまねはいたしません! 絶対にご満足頂ける結果を持ってまいります!
神妙な面持ち、思案にくれる時の眉間のしわ、真剣なまなざし、狂犬の表情。
記憶の中の獄寺は、くるくると表情を変えた。
でも、最後は必ず、輝かんばかりの笑顔で締めくくられる。
そう…笑顔だったから…。
自分は、全てをなんでもないことだと思い込むことが出来た。
自分は「こちら側」の人間で居られた。
彼は…、全てを背負っていた…。
「オレは、本当、ダメツナだね…。でも…。」
獄寺と言う逃げ道を失った今。
「あちら側」と「こちら側」を隔ててくれていたフィルターが一気に取り払われた。
彼が一身に背負っていたものが、初めて全貌を現す。
イタリアという国の広さ。
ファミリーの命の重さ。
それらを指先一本でどうにでもできる、責任の大きさ。
そして、それらを背負うための、基盤は、この五年で出来上がっていた。
覚悟は…、彼の命と引き換えに手の中に落ちてきた。
目の前に道が見えた。まっすぐなホワイトロードだ。
疑うものは何も無い。
やることは見えている。
もう、守られることは無い。
彼が自分の中に作っていってくれた基盤をもとに、毎日広げて見せてくれた、あの未来理想図を目指せばいい。
「オレ、今、なんでも、見えるよ。」
そう言って、ツナは「ニカッ」と笑って見せた。
「ツナ…」
悲壮なまでに大きな決意。
ツナの中の「絶対」であり続けるであろう、その絆。
「オレのこと、支えてくれるよね? 山本。」
曇りの無い瞳が、まっすぐに山本を見詰める。
「…いいよ、ツナ。」
山本は答え、ツナの左手を取り、その甲に誓いを口付けた。
これからは、きっと、ツナのことを友人と呼ぶことは無いだろう。
支配者、ボス・ボンゴレ。忠誠を誓います。
自分を見上げる瞳に、ツナは口角を上げて頷くと、教会を後にするべく、歩き出した。
「じゃぁ、早速なんだけどさ。リボーンに伝言頼まれてくれる? 明日の葬儀なんだけど、多分、カモッラがテロリスタと手を組んで、仕掛けてくると思うんだよね。だから、三下辺りを一人、殺しておいてくれって。」
「幹部ではなくて?」
「うん。なるべく顔は撃たないでねって。もし撃っちゃったら、しょうがないからもう一人。それから、ヒバリさんにも連絡を。」
「死体の処理を?」
「あ、ちょっと違うかも。処理ってか装飾? 明日の葬儀に間に合うように教会のドアに飾っといてほしいんだよね。虫除けくらいにはなるかと思うんだ。」
「返って彼らの敵意に火をつけることになりませんか?」
「あ〜、それは、うん、今からちょっと、なんとかできるから。」
言うと、ツナは、手近に会った燭台を毟り取った。
ゴリッ…。
青銅とは思えない脆さで崩れ落ちたそれ。そう、一度取って、簡単に付け直したような…。
中から、出てきたのは一本のコード。
勿論、燭台は、電気式なんかではない、昔のままの蝋燭だ。それなのに、これは…。
答えは一つだ。
ツナは、コードを掴むと、その先端を手繰り寄せた。
思ったとおり、そこには、小さな集音マイク。
ツナは、小さく咳払いをすると、明るく朗らか快活に言い放った。
「Fu
sentito? Chi e sparato? Lei ha bisogno di scappare presto.!」
(聞こえた? 誰が撃たれるかな? 早く逃げなきゃね)
「綺麗な発音ですね、ボス・ボンゴレ。」
山本からの賞賛に、そんなことないよ、と照れ笑いで返しながら、集音マイクを踏み潰す。
「でも、まぁ、有線だったから、きっと良く聞こえただろうね。」
今日は、薬局に寄って帰ろう。
歩きながら、ツナは、そんなことを考えていた。
明日の葬儀に備えて、目薬を買わなければ。
安くて、メンソールのきっついやつを。
かつてのオレが望んだ未来はこない。
君の描いた未来に君がいない。
でも、オレは、君がくれた未来を歩く。
有難う。
君の鼓動は、まるでオレの子守唄だったんだよ…。
end.
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絶対漫画にしてもおもしろくないだろうな…。
と、思ってSSにしてみました。
ずっと二人だし、背景変わんないしね。
ところがコレ、さすが、文才が無い!
もっと面白くない…。
ここまで読んでくださった心の広い方に感謝ですね。
とにもかくにも死にネタです。
個人的には好きじゃない(コラ)んですが、きっと、彼らには避けて通れない道なんだろうなぁ、と、思って。
山本様が死んだ版の話もあるにはあるんですが、きっと需要が無いでしょうから、やめときます。
…あ、ゴメン…このSSも需要ゼロだね…。
最後のほうに出てきたイタリア語は、反転で下に意味が出ます。
自動翻訳満々なんで、つっ込まないでいただけるとありがたかったり…。